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マウンテングルメオーベルジュ体験記
[山は最高のレストラン、と誘われて]

寄稿・牡鹿先輩

のちのマウンテングルメラボ(MGL)首謀者である、三好拓朗に、山に行きませんか、と誘われたのは、2021年の春だった。

コロナウイルスが影を差す日々を過ごし、私は40台半ばを迎え、中年クライシスを感じ始めていた。やたらしんどそうなイメージの、登山は未体験であったが、誘いに乗ってみた。

初心者でも簡単に高山に登れるんですよ、アルプスの絶景が見れますよ、と拓朗が誘ったのは、八ヶ岳連峰で唯一ロープウェイのある北横岳だった。車を停めて、もう1人の同行者、初対面となる五十嵐さんと拓朗と共にロープウェイに乗ると、確かにあっという間に山頂すぐ下に到着した。残念ながら空にはガスが広がっていて、絶景は見れなかったが、デビュー戦ながら軽快に登る姿を拓朗から褒められて、非常に良い気分で、私は、カモシカのように、ぐいぐいと駆け上がった。山頂に到達すると、もうちょっと行ってみましょうか、と拓朗に言われ、どこまでも登れそうだった自分は、いいよ、と力強く返事した。

拓朗に誘われるまま足を進めた。山間の湖の美しさに感動したり、ゴツゴツした巨岩が重なる、スーパーマリオのような道に出くわしたり、冒険心が刺激された。そうか、登山は野趣に富むな、とワクワクしながら、ゴツゴツした巨岩を飛んで乗り越えていった。ゴツゴツした巨岩を這い上がって滑り降りたら、買ったばかりの登山パンツに穴が開いて、そうか、ふふふ、登山は実にスリリングだな、と感心した。また、ゴツゴツした巨岩を(以下、不思議なくらいに、ずっとゴツゴツが続く)

ゴツゴツ疲れがピークに達した時に、砂漠のオアシスはこういうところかと、幻にも見えた、山荘にたどり着いた。

おそらく、この日、この瞬間、世界で、いちばん食いしん坊であっただろう拓朗は、にこやかに、朗らかに、山は登るだけじゃないんすよ、良い肉あるんすよ、焼いて食べます?と言って、どこに入っていたのか、ザックから、見るからに美味そうな肉の塊を出してきた。プリマスのバーナーに鉄板を置くと、肉塊はジュージューと音を立て始めた。五十嵐さんも微笑みながら、ポンっ、と良い赤ワインの栓を抜いた。そうか、そういうことか、山は美味い飯を食べ、美味い酒を飲むのか。そうか、ならば疲れ切った意味があるな、なるほど、なるほど、と、私はマウンテンでグルメを堪能したのである。そこから先に、更なるトラブルが待っていたとは知らずに。。。

脚が極度にプルプル震えて立ち上がれなくなり、子鹿先輩と呼ばれるに至った、そんな登山デビューから2年が経過した、2023年の春である。

拓朗から、MGLという、登山を楽しむ食いしん坊に向けた、下北沢の美味しいレストランのシェフと共同開発したフリーズドライが出来たよ、イベントやるよ、という連絡をもらう。魔太郎が来るとばかりに、「こ・じ・か・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か」と、ぶつぶつ、つぶやきながら下北沢に向かうと、嬉しそうな笑顔の拓朗が出迎えてくれた。さあ、お食べください、と振舞われたのが、MGLのシグネチャーディッシュ、「鶏と舞茸のシェリー煮込み」だった。口に入れると、「この旨味はナニ!?」と飛び上がる私を見て、黒衣に身を包んだ、シェフの田嶋さんが、このワインを一緒に飲んでください、と赤い液体が入ったグラスを勧めてきた。子鹿デビューした、あの時のマウンテングルメ以上に、口内に広がる美味に刺激され、思わず、その場で購入してしまった。

そして、また1年が過ぎた。2024年の10月である。拓朗から、MGLの1周年イベントを乗鞍岳の冷泉小屋に泊まって、オーベルジュ形式でやりますよ、来ませんか?と誘われた。よく誘ってくる男である。細かくは何をするのか、よく分からなかったが、これこそが「山は最高のレストラン」なのかも、と本能が囁き、行くよ、と即返事した。

乗鞍岳は剣ヶ峰を主峰とする3,000m越えの山である。その中腹にある冷泉小屋は、内心ちょっと恐れていた、ザ・山小屋、のイメージと大きく良い意味で異なり、私が昔ヨーロッパのスキーリゾートやワイナリーで見かけた、ザ・センスの良い小屋、だった。 昭和6年に建てられた歴史ある山小屋を、オーナーご夫妻が現代日本のアートセンスで蘇らせた。音楽で言えば、かつてのポストパンクやニューウェーブのような、そんな新しくて、かっこいい感覚に包まれた、山の場所だった。小屋の中心に、テスラの家庭用蓄電池Powerwallが鎮座する姿は圧巻だった。

しとしとと雨が降る日だった。冷泉小屋に、MGLに誘われた山好きと食いしん坊たちがわらわらと集まってきた。首謀者たちの友人知人もいれば、MGLプロダクトのファンもいる。総勢11名の招かれた客たちには、拓朗が一人一人に用意した、メッセージ付き名札とメニュー表を前に、田嶋シェフが地元信州の食材を用いて調理した、最高の料理が待っていた。創業27年の老舗ナチュラルワイン輸入社BMOが提供したワインがめくるめくペアリングされると聞き、あの、ゴツゴツ岩を乗り越えた後のご馳走が待っているような気分になっていった。

こんなメニューは街でも食べたことが無いのに。スペインのエル・ブリ、デンマークのノーマ、といった世界中で知られたレストランの名前を思い浮かべつつ、田嶋さんの下北沢のお店が、namida (ナミダ)と知り、もしかすると、この、マウンテングルメ オーベルジュは、日本における新しいグルメの夜明けではなかろうか、と興奮し、振舞われる料理ひとつひとつを、夢中になって、味わった。

 

 

MGLのシグネチャーが最後に、出てきた。


グルメとワインに完全に満たされてノックアウトされ、小屋の快適なドミトリーベッドで熟睡後、翌朝5時過ぎには目が覚める。朝日を見るためだ。前日の曇り空から一転、眼前には見事なまでの雲海が広がっていた。参加した皆で、朝日を拝み、そして、田嶋シェフが用意した、すばらしい一汁三菜な和食の朝食を食べた。クリーミィーな豚汁が圧巻だった。

 

まるで、マウンテングルメ2年目の旅立ちを祝福するような、素晴らしい快晴に包まれて、われわれ一行は冷泉小屋からバスに乗り、乗鞍岳の主峰、剣ヶ峰に向かった。 

森林限界を超えた乗鞍岳の景色は圧巻だった。これこそが、登山に求めていた、雲を越えた、自然界であるのに超非日常な、景色だった。登山デビューの同行者もいたが、初心者にも優しい道が開けていた。かつて、子鹿と呼ばれた私も、あれから一人で山に登るようになり、また犬を飼い始めて朝晩の散歩の甲斐があってか健脚が続き、もはや牡鹿である。皆でぐいぐいと力強く登り、剣ヶ峰の山頂にたどり着いた。

 

ここからが、今回のマウンテングルメ オーベルジュの、文字通り、ピークだったのかもしれない。われわれ参加者は、ひとりひとり、MGLプロダクトを渡されており、拓朗と田嶋シェフ、開発者2名を前に山頂で調理を始めた。圧巻の景色に囲まれて、できあがるまでの15分間が、とてつもなく、優雅で、価値の高い時間のように思えた。

 

「この、ライムと筍のグリーンカレー、どうですか」 「その、ラムと豆のトマトシチュー、もらっていいですか」 「この、山椒七味香る豚汁雑炊、朝食べたのと同じ味だ!」 「トマトと炸醤の合体麻婆飯、やばいですね!」 

24時間前は、赤の他人だった11人が、いまや、クッカーに入った、MGLの美味しいごはんを食べ比べして、笑顔で会話しているのである。人生でも、指折りで数えられる、素晴らしく楽しい瞬間だった。そのとき、私、牡鹿は、叫んでしまった。

「山は、最高のレストランだ!」