山行

聖地から聖地へ。3泊4日、
70kmの小辺路をのんびり歩く旅

今年のゴールデンウィークは、熊野古道のなかでもタフなルートとして知られる「小辺路(こへち)」を歩いてきました。 高野山(真言宗の聖地)から入り、熊野本宮大社まで、ほぼ山の中をテント泊しながら繋ぐ約70kmの道のり。たっぷりの食料とお酒、そして自慢のMGL(マウンテン・グルメ・ラボ)をバックパックに詰め込んで、3泊4日のロングハイクが始まります。




【DAY 0-1】高野山の洗礼と、嵐の前夜

高野山での前泊を予定し、少し遅い時間の電車に揺られていると、嬉しい偶然がありました。なんと大阪の取扱店「ロックステッパーズ」の山根さん一行と同じ車両に! 驚いたのは彼らの行程。この時間から「0泊2日」で、小辺路の終点である熊野本宮大社を超え、さらに中辺路に入って新宮まで山を走り続けるというのです。トレラン勢のバイタリティには、ただただ脱帽するばかり(笑)。




われわれはあくまでも、ゆっくりマイペース。

ここで、今回の旅を共にするメンバーを紹介しておきます。

■シェフ 田嶋: 「こんな大自然の中で食べるご飯を作ってほしい」と4年前に山へ拉致されて以来、すっかりハイカー。今回の旅でも、のちに男気あふれるビール一気飲みを披露することになる。

■アートディレクター 松原: MOUNTAIN GOURMET LAB.のクリエイティブの要。登りは嫌いだが山は好き。

■プロデューサー 三好(筆者): たっぷりの酒を担いで歩く計画を立てた首謀者。胃袋と好奇心の赴くままに旅を引っ張る。


前泊が明けた初日の朝、古道へ入る前に高野山を巡りました。弘法大師・空海が今も瞑想を続けていると信仰される「奥の院」へ。厳かな参道を歩き、御廟に向かって参拝しているとき、不思議なことが起こりました。 その一帯だけが、耳の奥に響くような、ささやかな低音に包まれていたのです。まるで本当に空海がマントラ(真言)を唱えているかのような感覚。あれは一体、何だったのだろう。

心身が引き締まったところで、いよいよ小辺路へ入山。 歩きやすい林道から始まり、山道、集落、舗装路、そしてまた山道へ。


最初の休憩は、途中で開けた広場にある東屋にて。晴れていれば素晴らしい眺望が広がっているはずですが、この日は生憎の曇り空。それでも、登りで疲れた体に温かいMGLがじんわりと染みわたります。 この日は味変用としてオリーブオイルを持参していました。仕上げにちょっと回しかける。フリーズドライの製法上、どうしても入れにくい「油分」が加わることで、コクがグッと増してさらに美味しくなりました。山でのオイル足し、おすすめです。


最後の急登をぐっと踏ん張り、初日の目的地「萱小屋(かやごや)」に到着。 避難小屋とテントを張れる広場があり、すぐ横には山の湧き水で冷やされたビールが無人販売されている、なんとも心地いい場所です。

今夜は嵐の予報。 幸いにも私たちは2番手で小屋に到着したため、中で夜を明かせることになりました。夜間は外が吹き荒れる大嵐だったようですが、美味しいMGLと大量のお酒ですっかり酔いつぶれていた私は、何ひとつ気づくことなく熟睡してしまいました。



【DAY 2】新緑の伯母子岳と、庶民が歩いた歴史の道

2日目は、小辺路のハイライトのひとつである伯母子岳(おばこだけ)を越えて三浦峠を目指します。古道らしい、趣のある山道をぐんぐんと登っていきます。

二百名山でもある伯母子岳の山頂に立ちましたが、あいにく周囲は真っ白なガスの中。しかし、遮るもののない広々とした山頂の様子から、晴れていればさぞかし美しい山々が見渡せたのだろうと想像が膨らみます。

十津川村に向かって山道を下っていくと、ようやく雲が切れ、待望の光が差し込んできました。 雨に濡れたばかりの新緑が、陽の光を浴びてキラキラと輝く。ここから、最高に気持ちのいい春の山歩きが始まりました。

道中、テントを張れそうな開けた場所がいくつもありました。茶屋跡、旅籠(はたご)跡、屋敷跡……。 今となっては、ゴールデンウィークであっても1日にすれ違うのは両手で数えられるほどの人影ですが、ここがかつて多くの旅人で賑わっていた道だということが、歴史の跡から伝わってきます。

皇族や貴族が多く通った「中辺路」に対して、ここ「小辺路」は庶民の道。近畿から熊野まで、できるだけ最短距離で結ぶために作られました。そのぶん、1,000mを超える山や峠を3つ以上も越えなければならないタフなルートです。当時の庶民や商人たちも、えっちらおっちらと汗をかきながら登り、茶屋で一休みし、旅籠に泊まり、それぞれのペースでこの道を進んでいたのでしょう。そんな歴史に思いを馳せながら歩を進めます。

十津川村に点在する趣深い農家民宿に後ろ髪を引かれつつ、2日目の宿泊地である三浦峠に向かって再び登り返します。 峠に到着すると、1日目の萱小屋で出会った面々と嬉しい再会を果たしました。どうやらみんな、全く同じ行程で熊野まで進む様子。「明日もまた道中で会うね」と言葉を交わし、心地いい疲労感とともに眠りにつきました。


【DAY 3】十津川温泉でのワープと人生ベスト3のたこ焼き

3日目は、三浦峠を下り、十津川温泉、そして美しい果無(はてなし)集落を通り、果無観音堂まで進む行程です。


古道脇にひっそりと佇む「古矢倉(ふるやぐら)跡」。その立札には不穏な記載がありました。 『ここに昔、古矢倉坊主なる者が住んでいて、屋敷に吊り天井を仕込み、旅人を殺害して軍資金を作り、大坂の陣に出たと言われている。』 これまで数々の建物跡を通るたび、「ここなら快適にテントが張れるね」と呑気に話していましたが、ここだけは話が別。「絶対泊まりたくない!」と、全員で駆け足で通り過ぎました(笑)。

峠を下りきると、自動販売機の前で先行していた昨日のメンバーがくつろいでいました。なんとその自販機にはビールの文字が! みんな喉から手が出るほど飲みたいものの、この後に控える長い道のりを考えてぐっと我慢しています。しかし、さすが田嶋シェフ。何のためらいもなく購入し、実に美味そうに喉を鳴らして飲み干しました。


ここからは、今回の旅で一番長い舗装路歩き。十津川温泉の手前にある果無峠登山口まで、国道425号を約8km歩く予定……でしたが、タイミングよく路線バスが滑り込んできました。 ええ、もちろん乗りましたとも。我々は大人の特権を使い、登山口のさらに先、十津川温泉まで一気にワープを決め込みました。

窓から美しいダム湖の風景が望める公衆浴場「庵の湯」でさっぱりと汗を流したあとは、お目当てのグルメ(とビール)を求めて温泉街を散策。しかし、GWということもあり多くのお店がお休み。 そんななか、偶然見つけたのが「たこ焼き」ののぼりでした。店内でお酒の販売はないとのことだったので、近くのスーパーでビールを調達して向かいます。

この出会った「たこ焼き結(むすび)」さんのたこ焼きが、衝撃的な美味しさでした。 外はカリッ、中はトロフワの絶妙な焼き加減。生地には出汁の味がしっかりと効いていて、シンプルに塩だけで食べても抜群に美味い。自分たちの登山終わりのコンディションを差し引いても、人生でベスト3に確実に入るクオリティでした。 こちらは「平谷地区交流センターいこら」にて火曜日のみ出店されているそうです。もし火曜日に小辺路を歩かれる方は、ぜひ立ち寄ってみてください。

お腹も心も満たされ、今日最後の登りである果無観音堂へと向かいます。 古道を進んだ先に、突然視界が開けて現れる田んぼや畑の原風景。にほんの里100選にも選ばれている美しい「果無集落」を通り抜け、さらに山を登ります。

ゆっくりと歩みを進めた先に、ようやく果無観音堂へ到着。 今夜が旅の最後のテント泊です。クッカーが汚れることなど気にせず、今夜のメニューは「烏賊塩辛のクリームペンネ」を豪快に調理します。 あたり一面に漂う、にんにくと塩辛の香ばしい香り。自分たちの商品ながら、「これはたまらん……」と声が漏れます。プラティパス(水筒)にたっぷり入れてきたワインを惜しみなく注ぎ、みんなで最後の晩餐を心ゆくまで楽しみました。

【DAY 4】聖地・熊野本宮大社へのゴール

小辺路の旅も、とうとう最終日を迎えました。 果無峠を越え、目指すはゴールの熊野本宮大社。トレイルの脇に咲き誇る満開のシャクナゲを眺めながら、一歩一歩、道を下っていきます。

残る道のりはあとわずか。はやる気持ちを抱えつつも、途中に「道の駅」があれば吸い寄せられてしまうのがグルメハイカーの性です。 ただ、到着した時間が早すぎてレストランはまだ準備中。ゴールした後にガッツリ美味しいものを食べたいので、ここで中途半端にお弁当を食べて胃袋を満たしたくはない……。どうしようかと館内を物色していると、最高のアイテムを発見しました。

「紀伊勝浦産のマグロのお刺身」

これは間違いない。数日間、山の中で過ごした体に染み入る新鮮な生魚。冷えたビールと合わせれば、そこはもう完璧な「プチヘブン」でした(ちなみに、誘惑に負けて結局お弁当も食べました)。

やがて中辺路のルートと合流し、急に整備されて歩きやすくなった道を進むと、とうとうゴールの熊野本宮大社へ。3泊4日の長かった山歩きが、静かに幕を閉じました。

今回のメンバー、シェフ田嶋、アートディレクター松原、プロデューサー三好の3人。 実はこの3人、シェフ田嶋に「こんな大自然の中で食べるご飯を作ってほしいんです」と声をかけ、初めてテント泊登山に連れ出した「蝶ヶ岳」のときと全く同じメンバーです。あの始まりの日から5年が経った今も、こうして形を変えず、改めて素晴らしい道を一緒にゆっくり歩けていること。その幸せを、一歩ごとに噛みしめるような山旅でした。

――ですが、旅の終わりには、もうひとつのお楽しみが待っています。
続きは、こちらの記事にて。

 

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